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■シンガポール・インド人街 (09年4月8日更新)
■現在、シンガポールのリトルインディアはセラングーン・ロードの南部を中心に展開している。セラングーン・ロードはシンガポールを縦横に走る現在のシンガポールでも代表的な道路だが、その造成は早く既に1822年に発行された地図にその初出が見られ、1828年には『島をクロスする通り(road
leading
across
the
island)』と地図には記載されている。1836年頃には現在とほぼ同じ長さ・位置に造成された。

最初期のインド系移民が、現在のリトルインディアのあるセラングーン・ロード上に集まりだしたのは19世紀初頭で、南インド系移民のうち畜産業者がここに集まり乳製品や畜産物などを取引する小規模のバザールが展開された。こうしたバザールは現在のインド農村部などで今でも見られるものである。
現在ではその面影は全く無いが、セラングーン・ロードのムスタファの建つシェィド・アルヴィ・ロードのすぐ北には澄んだ水を湛える池があり、水牛などの水浴び場として活用されていた。その名残としてリトルインディアには「バッファロー・ロード」という路地も存在する。
このようにリトルインディアは家畜業者の集住地域となった。動物は畜産用に限らず、車の無かった当時の馬車や牛車用といった運搬具としても多く活用された。

セラングーン・ロードからほど近いブラス・ベーサン・ロード(現在のドービー・ゴート付近)には当時インド人受刑者が収監されている刑務所があり、刑務所に付随するクリーニングや食事などの業務に従事する南インド系業者が居住するようになった。こうしてセラングーン・ロードは畜産業を中心に徐々にインド系住民を増やしていく。人口の集中に伴い、1936年にセラングーン・ロード地区に家畜の入出が当局によって禁じられて以降は本格的に南インド系の商業地・居住地として発展し今日に至る。尚、当時北インド系移民はシンガポール川以北にあるハイストリート周辺に集住していた。

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